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博多華丸・大吉 芸名の秘密 [コンビ結成]

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福岡よしもとに所属することになった華丸さんと大吉さん。

現在では古めかしい印象があるその芸名は、ご本人たちがつけたものではありません。


「どうせ何もできないんだから、名前くらい芸人らしく」


……という事務所の所長の方針で、つけられることとなりました。


所長が候補に挙げたのは


「ゴモラとガメラ」


「華丸・大吉」

……の二つでした。



ゴモラとガメラはあんまりだ。
第一、ゴジラとガメラならともかく、ゴモラはただのウルトラ怪獣だし、とウルトラマン好きの大吉さんらしいこだわりがあり、芸名は自動的に「華丸・大吉」に決定。


しかし、華丸さんは



「どう見たって俺が大吉顔だから、俺は華丸にする」

……ということで、岡崎君が華丸、吉岡君が大吉となりました。

よく、華丸さんと大吉さんが名前をまちがえられる、ということがありますが、この時に華丸さんが大吉さんを名乗っていれば、まちがえられることも少なかったのかもしれませんね。



そして、のちに「もっとめでたい名前にしよう」ということで、鶴屋華丸、亀屋大吉という芸名に変更。


このときは「めでたくていいだろう」と、安易に決めた屋号が、


あまりいいものではなかったことは、この時の華丸さん、大吉さんには知る由もありませんでした。



【つづく】

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博多華丸・大吉 ~出会いからコンビ結成まで【2】~ [コンビ結成]

さて、福岡大学の落語研究会で出会った華丸さんと大吉さん。


当初、大吉さんは芸人になることなどみじんも考えていませんでしたが、
華丸さんは「ビートたけしのような芸人になる!」という熱い夢を持っていました。


華丸さんの中学の先輩にはタモリさんがいます。
タモリさんの同級生を知っていたので、そのツテでタモリさんを紹介してもらい、そこからたけし軍団に……と、どう考えても無理な人生設計をしていたようです。


そんな時二人は、落研の活動を地元のタウン誌で紹介されることになります。
それを見た芸能プロダクションから連絡があり、コンビでデビューしないか、と持ちかけられました。


世間ではちょうど「ウッチャン・ナンチャン」が人気を博しており、その芸能事務所の人から「ヨッチャン・オカチャン」と命名され、しかも東京でデビューしよう、と言われます。


まだ大学生だったので、いきなり上京する気もなく、それにいくらなんでも、そのコンビ名はないだろう……と、うろんに思っていた二人は、もう何度か事務所にお邪魔して、ケーキもごちそうになっていたので、断るに断れない状況でした。

(ちなみにこの時は「あやしい事務所だと思っていたそうですが、後年、けっこう有名な芸能事務所だったことを知った、と大吉さんが言っています)



ちょうとその時、吉本興業が福岡に事務所を設立することを知り、二人は



「一度、吉本に挑戦させてください」



……というのを理由にして、あやしい事務所を断ろうとします。




そして、吉本の新人発掘オーディション番組「激辛! お笑いめんたい子」に「岡崎君と吉岡君」の名で出場しましたが、結果は四位。
ちなみにその時の優勝がカンニング竹山さんと、現在、福岡で活躍しているケン坊田中さんのコンビでした。


事務所に入ることをあきらめていた二人でしたが、福岡吉本旗揚げ公演のために声がかかります。
ところが、二人そろって事務所に行くと、事務所の所長から



「岡崎だけでよかったのに」



……と心無い言葉をかけられます。



もともと芸人になる気はなく、華丸さんに引っ張られた形でオーディションを受けた大吉さんでしたが、芸能事務所に顔を出したりするうちに、「芸人」という職業を身近に考えはじめていました。


人数が足りないため、なんとか吉本に入ることになった二人ですが、もともと器用な華丸さんはメキメキと上達していくのに対し、大吉さんはミスも多く、事務所の人から「芸人に向いていない」と思われていたようです。



【つづく】

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博多華丸・大吉 ~二人の出会いからコンビ結成まで~ [コンビ結成]

華丸さんと大吉さんは1989年、福岡大学の落語研究会で出会いました。


大吉さんの華丸さんの印象は



「うわ、デカい目……」



華丸さんの大吉さんの印象は、



「男のくせにエクボばい」



……だそうです。



落語研究会での二人の高座名は

華丸さんが「福福亭さろん」、大吉さんが「福福亭こまんど」です。


華丸さんの高座名の由来は、「ヘアサロンの写真のような髪型をしていたから」、大吉さんは「当時『コマンドー』という映画が流行っていたから、という単純なものでした。
(ちなみに、ふだんはお互いを高座名で呼び合っていたようです)



意気投合した二人は、お互いの家に行き来するようになります。

華丸さんが、大吉さんの家を訪れ、部屋にプロレスラーのポスターがたくさん貼ってあるのを見て、ちょっと身の危険を感じたそうです。
だってハダカの男のポスターですからね。



「コイツ、もしかしてそっち?!」


……と思ったそうな(笑)




大吉さんが華丸さんの家を訪れたときは、華丸さんのお父さんと共に焼肉屋に連れていってもらい、いろいろ知らないことを教えてもらったそうです。

大吉さんの家は、お父さんが「ロスオリンピック以来働いていない」という環境上、あまり裕福ではなかったことから、焼肉屋に行くことはほとんどなかったので、




「グルメはぜんぶ華丸さんに教えてもらった」



…と発言しています。

焼肉屋で華丸さんに「クッパ」を頼まれたとき、スーパーマリオからの連想で「亀の何か」だと思ったくらい、大吉さんは食べ物のことを知りませんでした。


現在でも、大吉さんは「これくらい(指を丸めて)の薬でおなかいっぱいになればいいのに」と言うくらい、あまり食べ物に関心はないようです。


一方、華丸さんはお昼ご飯を何時間も迷うくらいのグルメ。
後輩に、芸のことで厳しいことは言いませんが、つまみの選択にはダメ出しをします。

華丸さんのグルメは、高いものや素材にこだわるというより、その時の気分やシチュエイションにこだわりを持っているようですね。



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